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春風にのせて

メタ認識技術を活用した新しいライフスタイルをお届けします

北海道・開拓者精神に出会う旅④~小樽:商店街での出会いと水天宮~

ご訪問いただきありがとうございます。

2016年8月25日~30日に5泊6日で北海道に行ってきました。
そこで感じたこと。観光だけではない歴史精神との出会いをまとめていきます。全5回です。

JAPAN MISSION PROJECT in北海道が大盛況のうちに無事終了し、もっと北海道に触れてみたいと小樽まで足を伸ばしました。

 

小樽の商店街での出会い

小樽の商店街で見つけたJMPのポスター。協力店としてポスターを貼ってくださったことに嬉しくなって、お店に入って店主さんにご挨拶しました。

 

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すると、、少し怖そうな店主のお父さん。

「東京から来たとか、新しい教育とか、私には全くわからない」と言いながらも、昭和初期の街の写真や古いレジの機械を私たちに見せながら、昔は栄えていたこと、今は人が流出していて街が縮小していることなどを教えていただきました。


そこで印象的な言葉のやり取りがありました。

一緒に行った友人が「このあたりで美味しいおすし屋さんはどこですか。」と聞いたとき。

「そんなものは、決められるもんじゃない」と一蹴

「美味しいかどうかの味覚は、本人が決めることだから、他人から言われてその通りになるとは限らない。それに、どのすし屋もお客さんに美味しい寿司を出すように一生懸命やっているんだから、私の口からはどこがどうとかは言えない。」

この商店街とともに生きてきたお父さんのポリシー、蓄積した哲学を感じた瞬間でした。

 

一路、水天宮へ

店主のお父さんとの会話の中で、歴史の話となりロシアとの関係に触れたところ、近くの神社、水天宮に行くといいとアドバイスをされました。そこには、旧日露国境の中間標石(レプリカ)があるそうです。

 

  水天宮 (小樽市) - Wikipedia

水天宮(すいてんぐう)は、北海道小樽市にある神社。旧社格は郷社

小樽港を一望できる場所になっており、小樽市の名所の1つとして知られている。


旧日露国境中間標石(レプリカ) - 樺太に設置された標石のレプリカ。日露戦争後の樺太国境(50度線)画定に際し、上記の天測標が海馬島などの経度測定の基準点とされたことから、その記念として小樽市に設置されたもので、当初は小樽公園にあったが、1931年に境内に移設された。

  樺太国境について 50度線 - Wikipedia

日露戦争後の1905年、ポーツマス条約で樺太の北緯50度以南を日本が領有することとなり、翌1906年から1908年に掛けて、参謀本部陸地測量部の陸地測量師矢島守一を日本側の測量責任者とし、天文測量による日露両国の国境画定作業が行なわれ、東のオホーツク海沿岸から西の間宮海峡までの、おおよそ130kmの間に4基の天測境界標、17ヶ所に平均6kmごとに中間標石、19ヶ所に木標が建てられた。

なるほど、日露戦争時代の樺太での標石だったんですね。教えてもらうまで標石がなんなのかも知りませんでした。現在の日本は完全に島国で陸地の国境はありませんが、昔は陸地の国境線があった時代もあったんだ。今とは異なる状況があった時代に思いを馳せながら、水天宮に向かってみると、、、

 

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なんとも素敵な神社。

 

高台にあるので、小樽の街も一望できます。この日は本当によい天気。

 

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そして、ありました!中間標石。

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かつての歴史の象徴であるこの石。戦時中、国境の変動によってたくさんの人が生活の変化を余儀なくされたことでしょう。私のなかでどんどん歴史が色鮮やかになっていきます。

 

港町小樽の風景

さて、小樽の街を歩いていて印象的だったのは、看板の外国語表示です。

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英語→ロシア語→中国語→韓国語で書かれています。


ロシア語が優先なんですよね。札幌だと、英語、中国語、韓国語となっていました。港町だからでしょう。地図を見ると、確かに、海の先は極東ロシア。

ふだん本州にいると、隣国と言えば中国・韓国しか意識することがありません。

北海道の特に港町に行くと、ロシアが日本にとって歴史的にも現在の貿易相手としても結びつきの強い隣国であることを実感します。地域によってこんなにも感覚が違うのかと大変驚きました。

実は私、漠然とロシアに行きたいと思い続けていました。日本から見たら美しさ妖しさ恐ろしさすべてが異質なものに感じて、心惹かれていたのです。実は、潜在意識では隣の国だとわかっていたのかもしれませんね。ウラジオストクまで成田から2時間半で行けるそう。この情熱で近いうちに現実化しそうです。